2020/09/17

精神科における「病識のない」患者さん

岡本病院 瀬川 隆之 医師



医療法人社団 正心会
岡本病院
瀬川 隆之 医師
●精神保健指定医。日本精神神経学会認定精神科専門医
岡本病院 札幌市中央区北7条西26丁目3-1
http://www.okamoto-hp.com/




精神科における「病識のない」患者さん

 病識とは簡単にいえば「病気にかかっている自覚」のことです。精神疾患では、自分が病気であることが分からなくなることがあります。これを「病識がない状態」と呼びます。これは、単に「病気についての知識が足りない」ということではなく、「自分の病状、状態を客観的にみることができない」という症状なのです。

 病識がない状態は、統合失調症、うつ病、躁うつ病、認知症など、さまざまな精神疾患でみられます。周囲からみると病的であるのは明らかなのに、本人はそのように考えていませんから、妄想などの病的な体験に支配されていろいろな問題行動を起こしてしまいます。病識がないことは、特に幻聴、妄想が活発な統合失調症の患者さんで問題になることが多く、今回はそのような患者さんを念頭に置いてお話しします。

 
病識のない患者さんを受診につなげるには


 病識のない患者さんを受診につなげるには工夫が必要です。真正面から「あなたの言っていることはおかしい、医者に診てもらおう」と説得したのでは、おそらくトラブルになってしまうでしょう。患者さん本人は幻聴、妄想などの病的な体験を真実だと思っていますので、ご家族などの周囲の方はその体験が本当かどうかについては争わず、不眠や不安、恐怖や緊張といった患者さん本人が苦しんでいる他の症状を聞き出し、それらの症状が治療で楽になる可能性を伝え、受診を促してください。

 しかし医療の必要性をまったく感じていない患者さんの場合、どんなに工夫を凝らしても受診につなげられないケースがあります。そういう時は、何か問題行動を起こしたタイミングで、救急や警察が介入し、法律に基づいた強制的な入院という形での受診になることが多いです。


受診後、どのように患者さんにかかわっていくのか


 どうにかして受診につなげることができても、そこから適切な治療を進めていくのにもまた工夫が必要です。医療者側が病気やその治療について「正しい知識を教えてあげるのだ」という押し付けのような態度を取ってしまうと、患者さんは反発し、心を閉ざしてしまいます。

 患者さんと良い関係を築くためには、まずは患者さんの話をよく聞いた上で、「私たちはあなたの味方」であり、「あなたの困り事を解決する手助けをしたい」という思いを伝える必要があります。

 病識がなく、治療を望んでいない患者さんとかかわる方法にLEAP(リープ)というコミュニケーション技法があります。簡単にいうと、傾聴し(Listen)、共感し(Empathize)、同意できる(Agree)共通の目標を見つけ、協力関係(Partner)となる方法です。同意できる共通の目標は、「退院する」「家族と仲直りする」「仕事に復帰する」など、ひとまず何でもいいと思います。LEAPの詳しい内容については「病気じゃないからほっといて(ザビア・アマダー著/星和書店)」という一般の方にも比較的分かりやすく書かれている書籍が出ていますので、興味のある方は読んでみてはいかがでしょうか。

 

 治療を望まない患者さんを治療しなければならない場面が多いのが精神科の特徴です。病識のない患者さんには、こちらの善意はストレートには伝わりません。それぞれの疾患や、患者さん一人ひとりの病状、性格や生活背景などを考慮した接し方、治療法などの工夫が必要です。

人気の投稿

このブログを検索